松島の山頂に立ちたい
松島山
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第1話 切通にさそわれて散歩に出る。
最初に白状しますが
“松島山” などという名称の山はありません。
自分が勝手に呼んでいるだけです。
そう今回の物件は、タイトルからも察せられるとおり
切通シリーズの第2弾なのです。
場所はここ!
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国土地理院地図より
県道77号線 川根寸又峡線を千頭方面に向かって、塩郷堰堤を超えた地点。
松島地区。
但し 旧中川根町から川根本町に変わった今、住所としての“松島”は無いようです…。
で、この
松島地区の最高峰【松島山(仮称)】がどんなもんかというと、まずは千頭方面に向かって進んだ時の眺め。
GoogleMapストリートビューより
お次は島田方面に向かった時の眺め。
GoogleMapストリートビューより
この松島地区を上空から見ると、現在はこうなっています。
GoogleMap衛星写真より
塩郷堰堤の湖畔に張り出した良質なロケーション故、昔は
中川根自然キャンプ村というキャンプ場がありました。
しかし現在の松島は、上の写真のようにソーラーパネルで埋め尽くされています。
(この中川根自然キャンプ村については、別ファイルで紹介するかも…。)
この松島山がいつ頃出来たのか?という話になりますが、おそらくは大井川鐵道の敷設時だろうと思います。
五万分一地形図「千頭」より
しかしこの昭和初期の地図や一番上の地図にある等高線の具合を見ると、ここは元々盛り上がった土地だったように思われます。
大井川鐵道は、そこの僅かな鞍部をさらに開削して通したのだろうと推測。
【大井川鉄道30年の歩み】(大井川鉄道株式会社/編 1955)から、この区間についての出来事を拾ってみると
・昭和4年12月12日 塩郷〜青部間工事施工認可
・昭和5年 1月20日 塩郷〜青部間工事着手
・昭和6年 1月30日 塩郷〜下泉間運輸営業開始認可
・昭和6年 2月 1日 塩郷〜下泉間運輸営業開始
となっており、昭和5年の早い時期には該当区間の開削は終了していた、と考えられます。
なんにせよ
“松島山” 誕生!
果たしてここには何があるのか、何もないのか?
とまあそんなわけで、
松島山 行ってみます!
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