3基の墓標
五輪の塔
TOP
第1話
第2話
第3話
第2話 これは三兄弟についての記録である。
「そうそう、あそこの丘の上に 五輪の塔 があってね。
そこで供養された人の中に 仲の良い三兄弟 がいて、
自分たちが死んだ後 「お互いが見える場所に墓を建てよう」と約束を交わしたそうです。」
福用にある五輪の塔がそのうちの一カ所なんですか?
「はい。」
あとの2カ所は どこでしょうか?
「ひとつは 神尾 にあるそうですが、もう一つはねぇ…。」
以上が ご住職から聞いた話。
もっとも それ以上詳しいことは分からないけど、といったご様子でもありました。
ちょっと不安なのは、この時からかなり時間が経ってしまっているので 記憶違いがあるかもしれない事。
ホントに雑談ぽい感じでの会話だったので、記録を取らなかったんですよね…。
機会を作って、もう一度 聞きに行く必要があります。
【福用の五輪の塔】は、確かにありました。
伝説めいているこの話は、本当なのかどうか?
生きた時代も 名前も知らない三兄弟の話ではありますが、そんな約束をした三兄弟がいたというのなら、
会ってみたいじゃあないですか。
果たして あと2基の五輪の塔は どこにあるのか?
まずやるべき事は、
二つ目の五輪の塔の確認です。

Click!
国土地理院地図より
いざ、
神尾へ!
まずは現状わかっている情報をまとめてみます。
①神尾地区のどこかにある。
②福用の丘から見える場所。
この2点です。
まずはこの情報を信じて、おおよその位置を推測してみます。
一口に神尾と言っても、集落自体は地蔵峠を擁する尾根の南側にあり、当然 福用からは見えません。
ならば集落内では無いはず。
では尾根の北側は?と言えば、全面に渡って大井川へ落ち込んでいく杉林の急斜面。
容易に人が踏み入れるような場所はありません。
目的とするのが “お墓” である以上、そういった場所は考えにくい。

Click!
国土地理院地図より
となれば最も確率が高いのは、稜線にあたる
このライン上。
ほとんどの地図には描かれていませんが、ここには神尾山から尾根の先端近くまで
徒歩道が通じている…のを、何かで見た記憶があります…
たぶん。
とにかく、最初にこの線上を一通り探してみるのが定石でしょう。
現在地
というわけで、地蔵峠・延命地蔵尊前へ。
ここを訪れるのはFileNo.1の神尾弁天、FileNo.2の地蔵峠山の調査以来…でもないか。
地図
(あやふやな記憶)によれば、この延命地蔵尊と弁天堂の裏手を東に行けば 小さな山を経て尾根の先端へ、西に行けば神尾山への登山ルートを辿れるはず。
可能性が高いのは、より集落に近い
東ルートでしょう。
こちら側から攻めていこう。

Click!
現在地
あ、あれ…?
道が無い…。
裏手に回ったところで目に入ったのは、害獣捕獲のための巨大な檻。
おそらくイノシシ狙いでしょうか、いきなり出鼻を挫かれた格好です。
左手(北側)は崖同然だし、そもそも本当にここに道があるのか確証がない状態での突撃だったので、特に周りを調べる事もせずに計画変更。

Click!
現在地
右手(南側)の、藪の少ないポイントから中央突破を試みることにしました。
稜線上、つまり一番高い場所を歩いていけば 何とかなる…はず。

Click!
現在地
特に歩きにくいという事もなく、歩きやすいわけでもない状態。
いずれにせよ、下草が少ないのは幸運でした。
これが藪のようになっていると、細かいヒントを見逃したりするので…。
現在地
徒歩道と言えばそう見えるし、獣道に過ぎない、とも思えます。
今のところ 人の手で整備されたような場所・形跡も見つけられないままです。

Click!
現在地
そう言えば、肝心の
『 眺望 』は?
福用が見えるかどうか?が重要なのですが…。
どこまでも木々が生い茂っているため、写真に収めるのは難しい。
上の写真も、かろうじてこれなら…という
“対岸の鍋島地区” の様子。
左手に見切れているのが
福用地区です。
ただ、人間の目というのは とても高性能な補正機能が付いているため、目視はできています。
稜線上だしね。

Click!
現在地
ちなみに南側の眺めはこんな感じ。
神座地区がハッキリと見えています。
現在地
ん~やはり徒歩道ではないね、これ。
途中、ちょっとした藪に阻まれてうやむやになる区間をいくつか越えています。
現在地
ぼんやりと見える
(ような気がする)踏み跡をなぞるように登っていくと、途中、小さな小屋がありました。
農機具の小屋か、はたまた厠か?
何だろう、これ?
さすがに中を覗きはしませんでしたが…。
そして、さらに歩く事 数分。
もう少しで頂上に辿り着こうという地点。
なにやら一段、平地のようになった場所に出ました。
そこには石で組まれた塚のような段状の場所があり、そして…。
現在地
本当にあった。
神尾の五輪の塔。
しかし残念ながら既に崩壊しており、建っている姿を想像することも難しい状態。
こちらも
福用の塔と同様、手入れをされなくなってから かなりの年月が経過しているようです。
それでも蔦に絡まれていない分、こちらの方が外観などが分かりやすい…けど…。
ご覧のように風化が著しく、もし刻印などがされていたとしても判読するのは難しいでしょう。
前話で紹介した
【かなやの 史話・民話・伝説見て歩く】という本にも、これに関する記述はありませんでした。
そして最も重要な
「福用の五輪の塔は見えるのか?」についてですが、正直、折り重なる木々によって直接 見る事は叶いません。
しかし もしそれらの障害物がなければ、『視線が通る』ことは断言できます。
とにかく この2つ目の塔を確認した事により、あの話が本当である事を確信できました。
もう一つも、必ずある。
最後に、周囲を見渡して ここへ来るための道が無いものかと探してみました。

Click!
現在地
すると この塚より ほんの少し北側、一段下がったあたりに 稜線と並行するような線形の徒歩道があることに気付きました。
どうやらこれが
正規のルートのようです。
よく見れば、五輪の塔のある広場から 徒歩道へ繋がる支道があった形跡も見られました。
帰りは これを辿ってみましょう。
現在地
これは少し下って、徒歩道から五輪の塔のある塚を見上げた写真。
いったい自分は何年ぶりの訪問者なのでしょうか?
そのまま徒歩道を下り、距離的にも最初の地蔵尊に近づいた頃、見覚えのある檻が道を塞いでいるのが見えました。
そう、あの害獣捕獲用の檻の真後ろに、最初から道はあったのです。
檻の横をすり抜ける様に通ってみれば、そこは今日のスタート地点。
こみ上げてくる自嘲とともに、無事の帰還を祝いました。
(大きいサイズの写真はこちら。)
これは帰路の途中。
ちょうど木々の途切れた場所があったので福用方面を狙ってみました。
西日に照らされる
八高山と、
福用の集落が見えます。
もちろん、
福用の五輪の塔も。
お互いに見える場所に墓を建てたという三兄弟の話を追って、ここまで来ました。
あと一つは、
どこにあるんだろうか…。
・・・続く!
第1話
第2話
第3話
TOP
探索!ウラ話
五輪の塔を確認した後、そのまま稜線上を頂上まで歩いてみました。
その途上にあったのがこちら。
現在地
庚申塚
『庚申講』又は
『庚申さん』と呼ばれる集会をご存知であったり、今でもやってるよーという方も多いと思います。
これは大井川流域だけでなく全国的なもので、
道教の教えに基づく民間信仰です。
人間の体内には
三尸の虫がいて、いつもその人の悪事を監視しているそう。
この三尸の虫は
干支が「庚申」となる日(60日に1回)の夜、寝ている間に体を抜け出し
閻魔大王に日頃の行いを報告しに行くのだとか。
そこで三尸の虫が抜け出さないよう、この夜は村中の人達が集まって神々を祀り 寝ずに酒盛りなどをして夜を明かす、この集まりの事を
庚申講と呼ぶわけです。
写真のような
庚申塚(又は庚申塔)は、庚申講を3年18回続けた記念に建立される事が多いそうで、
日本各地に残されています。
神尾にあるこの庚申塚は
【かなやの 史話・民話・伝説見て歩く】でも紹介されていて、写真と碑文を起こしたものを見る事が出来ます。
「碑文 昭和四十一年丙年一月吉日 四年毎に建立した角塔婆を改め之を建立」(かなやの 史話・民話・伝説見て歩く より)
(
昭和41年は1966年、
丙年は西暦年の下一桁が6の年にあたる)
このように 石造りの庚申塚ができる前は 4年毎に『
角塔婆』を建てていたとあり、かなり古くから庚申講が行われていたようです。
ちなみに
角塔婆とは 五輪の塔を模した木柱で、石塔と同様に五大(空・風・火・水・地)が刻んであります。
お寺やお墓でよく見る『
板塔婆』に厚みを持たせた姿をイメージしてください。

Click!
こちらは長野県の
善光寺において 令和4(2022)年に行われた
前立本尊御開帳の際に本堂前に建てられていた
角塔婆で、
回向柱とも呼ばれます。

Click!
こちらの地図は
5万分の一『家山』(明治21年測量、昭和15年修正版)
針葉樹の記号とそっくりなのですが、近い位置に「記念碑」のマークがありました。
この庚申塚を指すのか五輪の塔を指すのか不明ですが、まあおそらく前者でしょう。
しかし今回なぞった稜線沿いには 徒歩道は描かれていません。
神尾集落へ向かう主要な街道は 山腹に沿うようなルートを取っており、これが現在の自動車道に改修されたようです。
さて庚申塚を通り過ぎて数分で、頂上に着きます。
現在地
周りを見渡すとやや広さを持った平地になっており、生えている木が細い事から 昔は何かしらの建物があったのかもしれません。

Click!
現在地
そこにあったのは三角点。
三角点とは、日本の位置(緯度・経度)の基準を表す国家基準点です。
国土地理院の
基準点成果等閲覧サービスによると、この点は
基準点名『神尾』の
三等三角点だそうです。

Click!
現在地
来た方向を振り返ってみました。
右手(北側)には
徒歩道が、正面やや左に先ほどの
庚申塚があります。
その奥、木々に阻まれて見えない位置に
五輪の塔があり、距離的には ほとんど離れていません。
TOP