空を舞う幻のゴンドラ

~川根電力索道~

導水トンネル編

章1:寺尾ばし  1/ 2
章2:竹島トンネル  1/ 2/ 3
章3:解明  1/ 2/ 3/ 4
目次へ
TOP



章2-3 水車のことなんてなにもしらなかった。


さてさて、現地調査で確認できた内容は 前話までで全て掲載しました。

で、自分の見立てでは これは水道トンネルだろう、と予想したわけですが…。

イマイチ腑に落ちない点が 多々 あるわけで。



まず、そもそも 何のための水路 なのか?
トンネルの先に耕作地、あるいは民家(跡)でもあれば まあまあ分からないでもない。

だが情けない事に、トンネルの続きを追う事に夢中になるあまり、周辺の記憶も記録もあまりないという体たらく。
何やってんだか…。

とは言え、民家規模の痕跡があれば、さすがに気付く。
では耕作地、つまり何かの畑はどうか?となると…自信が無いな…。
とりあえず 現在地の表示に使っていた国土地理院地図には、ハッキリと茶畑の記号が描かれていました。

ここはひとつ過去の航空写真に頼ってみましょう。

竹島水道 Click!

まずは1960(昭和35)年の航空写真から。
クリックすると、今回確認できたトンネル(赤線)、現在の寺尾ばし(黄線)、トンネル延長ラインの凹み(緑線)が表示されます。
(注:あくまで目安です。)
ご覧の通り、トンネルの上下を挟むように 整備された何かが確認できます。(青矢印一帯)
とは言っても、さすがにこれが目的地とは思えませんが…さて?

それと、トンネルの先の崩壊地の さらに先の大崩壊斜面は、この頃から存在していたんですね。(橙矢印一帯)

竹島水道 Click!

続いて1975(昭和50)年。
写真もカラーになりました!
大崩壊斜面も、その規模感がよく分かります。

例の整備された何かですが、これはやはり茶畑っぽいなぁ…。

ちょっとハッキリしませんが、寺尾ばしの辺りには橋っぽい何かが写っているような気がします。
もしこれが橋ならば、先代の橋という事になりますね。

竹島水道 Click!

ちょっと間が空いて、2013(平成25)年。
現行の寺尾ばしが既に架かっている頃ですが、光の加減で写っていません。
崩壊斜面は相変わらずですね。
肝心の茶畑っぽい場所ですが、まだ現役なんでしょうか?
判断がつきかねます。

竹島水道 Click!

そしてこちらが2026(令和8)年現在。
崩壊斜面は より一層広がっているようです。
そして茶畑と思われる一帯は いよいよ放棄されてしまったらしく、野に帰り始めています。

航空写真

国土地理院 航空写真、GoogleMap 衛星写真より

[1960年]   [1975年]  [2013年]  [2026年] 


それぞれの写真を重ねてみました。
年代の部分をクリックすると、切り替わりますよー。
時代の変化をお楽しみ下さいませ。

何にせよ「トンネルの近辺には茶畑があったらしい。」という事は分かりました。
しかしわざわざ水路トンネルを掘るほどのメリットがあるかと言うと…やはりちょっと違うかな。
そもそもトンネル出口とは離れ過ぎだし。
今回のトンネルとは無関係だと考えます。



そして、上流側(吊橋側)の出口もまた問題ありです。

竹島水道

掘割のど真ん中で突然ポカンと開いている坑口は、あそこで本当に末端なんでしょうか?
まずこれが本当に『水路トンネル』であるなら、必ず片勾配(起点から終点へ向かってずっと下っている)になっているはず。
あの坑口が“末端”か“まだ途中”のどちらであっても、坑口へ向かう より高い位置からの繋がりがあるはずなんですが…どうにも想像できません。

一つの可能性として、先代の吊橋(寺尾ばし)は人道用でなく水路橋だったとしたらどうだろうか?
それなら吊橋からの導線を考えても無理が無いのではないかと。
現行の寺尾ばし架け替えの段階で、必要な範囲の水路が掘り起こされて 坑口が現在の位置まで後退した、とか。
って、それだけのコストを掛けてでも建設した目的ってのが…見当もつかないんですけどね。

とまあ色んな想像をしてみましたが どれも決め手に欠ける机上の空論ばかりで先に進みません…。
資料も全然見つからないし…。



こんな時は、原点に戻って もう一度始めてみるのが効果的。
というわけで、改めて昔の地図を眺める所からリスタートです。

竹島水道 Click!
地図「家山」より

1940(昭和15)年に要部修正されたという 毎度お馴染みの地図です。
竹島地区周辺だけを切り取って拡大してみました。
驚いたことに、あの大崩壊地帯が既に地図上に描かれていますね。
どれだけ昔から崩れてたんだ?

そして・・・

あれ・・・こんなのあったっけ?!

この記号・・・は・・・?

竹島水道
地図「家山」より

【水車房】

【水車房】(すいしゃぼう)とは 一般的に 水車小屋すいしゃごや や 水車場すいしゃば) と呼ばれる、水車を設置した建物や小屋のこと。
川や用水路などの水の流れる力を利用して水車を回し、その回転力を建物内の機械に伝えて様々な用途で使われていました。

と言うか…何故 今まで気付かなかったのか…。
何度も見てるはずなのに…
自分にガッカリだよほんと。


この記号が描かれている場所は、『寺尾ばし』にごく近い場所。
もしやあの水路トンネルを含めて、この水車と関係があるのか?
謎の橋脚は水車に関連する構造物の一部なのか?

いやはやテンション上がってきましたよ?
やっぱりこれは… 再調査 決定!



現地を再訪する前に、できるだけ情報を漁っておこう。

『水車房』『笹間』『産業』などのキーワードを組み合わせて検索をかけると、興味深い記事が引っかかりました。

それは、天野武弘氏(愛知大学中部地方産業研究所)が書かれた【それは地場産業を育てた水車 -東海地方を例に-】(2002)という論文。
日本における動力源としての水車の使われ方や役割・動力伝達機構などについて 実際の事例を基にまとめられた論文なのですが、その中に【製茶水車】という項目がありました。
これは機械による製茶の工程の中で、その動力源として水車が利用されていた事を紹介しているもの。
その一例として挙げられているのが笹間地区の『上田製茶工場』で、「1999(平成11)年まで水車を動力源として製茶機械を稼働」(同論文より)とあります。
なるほどー、水田へ水を引いたり脱穀するためなど、主に稲作(あるいは蕎麦などの穀物類)の水車利用はイメージとしてあったけども、製茶の工程にも利用されていたとは。

また、地域の産業考古学や技術史の研究に注力されてきた天野氏は、他にも多くの別の論文を発表されていました。
【水車遺構に見る動力伝達機構の研究1その2 静岡の製茶工場の事例から】
これによると、「(上田製茶工場の水車は)現在も精米用として使用されているため、動力伝達機構や製茶機械などがほぼ当時のまま残されている」(同論文より)とのこと。
ただしここに書かれた「現在も」とは論文執筆時の話なので、2026年現在はどうなっているのか…?

このあたりの事について、インスタで相互フォローさせて頂いている【やまめ平】様に連絡を取り 何かお心当たりがないか お話を伺ってみました。
すると「実際に水車を動力として製茶をされている工場がある(あった)」という返答を頂きました。
「現在では水車のみでの運用は難しく、他動力と併用して菊川市にお住まいの方がそこでお茶を揉んでいるそうです。」とのこと。
さらに「島田市お茶の郷博物館 にて かつてその模型が展示されていたが、現在では分かりません」という情報も頂きました。
「島田市お茶の郷博物館」とは、現在のふじのくに茶の都ミュージアムの事。
運営主体が市から県に移管されたことに伴い、2018(平成30)年にリニューアルオープンしました。
今でもその展示があるのかどうか?こちらはまだ未確認です。
また、やまめ平様とのやりとりの中で お茶のパッケージ写真(件の工場で生産されたもの)を見させて頂いたのですが、そこには「かつては水車を動力として製茶を行っていた歴史がある」と明確に記されていました。

とまあこんな感じで【上田製茶工場】について追いかけてみたわけですが、残念ながら竹島地区の水車とは関連が薄いようです。
やまめ平様、ご協力ありがとうございました!



さらなる情報として 天野氏の論文の巻末にある参考文献一覧の中に、金谷高校の郷土史研究部部誌 『産土(うぶすな)』の1993(平成5)年度版が挙げられているのを見つけました。
これは島田市金谷地区にある図書館で見た覚えがある!

産土

そこに載っていたのは、平成5年の時点で 大井川流域で確認できる水車(跡) を網羅した【 水車目録 】とも言える膨大な資料。
水車の場所や利用目的に留まらず、製作者や地元の方の聞き取り調査まで記録されていました。
こりゃすげえ。
しかし結論から言うと、今回の調査目標である竹島地区の水車については該当なし。
この調査時には 既に廃止になっていた可能性が高いですね…。



以上、残念な結果ではありますが 笹間地区のみならず 大井川流域においてお茶の生産と水車が密接な関係であったという新たな知見を得ました。


そんな感じで、次回は現地再調査編となります。

確認したいポイントは主に2つ!

1.水車関連の遺構を探る
2.トンネル付近の茶畑・耕作地を確認する

そして、何か他の新情報を見つけられれば…










解明 1へ


導水トンネル編

章1:寺尾ばし  1/ 2
章2:竹島トンネル  1/ 2/ 3
章3:解明  1/ 2/ 3/ 4
目次へ
TOP