空を舞う幻のゴンドラ

~川根電力索道~

導水トンネル編

章1:寺尾ばし  1/ 2
章2:竹島トンネル  1/ 2/ 3
章3:解明  1/ 2/ 3/ 4
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章3-3 国境の長いトンネルを抜けると発電所であった。


③トンネルについて

「寺尾ばしを渡った先に、トンネルがありますよね?水路っぽいですけど、何のためのトンネルですか?」
「そうそう、水を通すため。あれはね、発電のために掘ったトンネル だと聞いたよ。120年位前のもんだかな?よく掘ったもんだね。」

・・・・・・・・・はい?!

もはや言葉も出ませんで…。
さすがにそれは予想外過ぎる。

「発電のため…ですか?」
「そうだよ。この足の下(竹島地区の地下)に、今でも埋めずに残ってる。」
ちょちょちょ…まっ…え?
「実際、もっと先までトンネルが続いてる。下流の一本桜(ほう瀬の桜)の辺りまで繋げて、そこで発電の予定だったらしい。途中の畑の中も通ってるのが見れるよ。」
さらに臼井氏は続けます。
「途中で大きく崩落している区間は やっぱり工事が難しかったみたいで後回しにして、その前後を先に掘ったみたいだね。朝鮮人の労働者が滞在して作業したそうだよ。」
このあたりのお話は、臼井氏が父親から聞いた内容だそうです。

しかしその発電計画、残念ながら 完成を見ることなく工事は中断。
その理由は資金不足とのこと。

「工事の中断が決まった時、父がその工事で使用していたトロッコ1輌とレールをもらってね。そのレールは まだ残ってるでね。」

はい見ます!見せてください!
ということで、実際に見せて頂きました。

竹島水道

こちらがそのレール。
おおおおおいマジなのか。

竹島水道

なんとか その素性を明らかにしたくて 端から端まで銘や刻印の類を探したものの、サビがあまりに厚く、判別は不能…。
もしかしたら この裏面にあったのかもしれないが、一番奥の部分に どっかりと建屋の一部が乗っかっていて、動かすことも敵わず…、無念。

竹島水道

寸法だけで判断するならば、どうやら6kgの軽レールに相当するようです。
主に土木、建築工事用のトロッコレールとして使用されるのが一般的だとか。

臼井氏はトンネルについての思い出話なども聞かせてくださいました。
「子供たちが中を通って遊んだりした。中には蝙蝠が住んでいて、保育園の子供達とか、色んな人が見に来たもんだよ。」

竹島水道

「今は入口が塞がれていますね。」
「いつ頃だったかな?岡平鉄工が来て、「危ない穴は無いか?」って聞いてきた。なんでも、片っ端から そういう入り口を塞いで回ってるってね。」
話によれば、どこかの大学生が トンネル内で火を焚いて一酸化炭素中毒になったという事故があったらしい。
そこで役場からの依頼があり、危険な穴などを塞いで回ったそうな。
「では、あの橋脚はもしかして?」
「水路橋にする予定だったみたいだね、あの時代によく あんな工事をしたもんだよ。大したもんだ。」

以上が、臼井氏からもたらされた情報を抜粋した内容になります。
実際には もっと多くのお話を聞かせて頂いた上に、お茶と奥様手作りの栗羊羹までご馳走になって(超うまかった)すっかり長居してしまいました。
大感謝です!



さあ。

ここからは深堀りの時間。
『発電のための導水トンネル』とはどういう事なのか、目星を付けなければなりません。
せっかくの情報を無駄にはできない。

まず 『笹間』『発電』 というキーワードから連想されるものといえば、『笹間渡発電所』が思い当たるでしょうか。
しかし FileNo.16で調査したように、この発電所の取水元は志太郡徳山村地名(現:川根本町)。
笹間地区との繋がりはありません。
そもそも、発電所の規模に対して今回のトンネルの水量では少なすぎる。

そこで俄かに浮かび上がってくる もう一つの候補が…

川根電力索道鳥瞰図
川根電力索道鳥瞰図
図説中川根の歴史 より

【川根電力索道】

瀬戸谷村(現:藤枝市)の滝沢から徳山村(現:川根本町)の地名を経由し、上川根村(現・川根本町)の沢間までを結んでいた貨物専用索道の会社です。
始まりは1923(大正12)年。
物資を乗せ、轟音と共に川根の空を往来するゴンドラは この地域の交通・流通に革新をもたらしました。
木材や生活物資だけでなく 大井川の電源開発に必要なセメントなどの建設資材を大量に輸送。
さらに のちの大井川鐵道や森林鉄道などの敷設資材も多く運び、地域の交通網の発達に大きく寄与したのです。
しかし皮肉にも 鉄道の開業によって急速に業績が悪化し、1941(昭和16)年に索道事業から撤退。
現存する文献や遺構が非常に少ないため、町史にさえ詳しい実態が記載されていない、謎に満ちた会社でした。
が、知名度が全くないかと言えば さにあらず。
大井川鐵道の地名駅(川根本町)近くに存在する『日本一短いトンネル?』がSNSの普及によって 世に広まり始めるのと同時に、「川根電力索道用保安隧道」という正式名称がセットで表記されるパターンが増えたのです。

川根電力索道用保安隧道

これにより「詳細は分からないが、ケーブルを使って荷運びしていた何かがあった」という、極めて現代的な認知のされ方をしているのが実情と言えるでしょう。

幻の索道 -川根電力索道 16年の激動の歴史-
幻の索道 -川根電力索道 16年の激動の歴史-

そんなわけで ここからは、【幻の索道 -川根電力索道 16年の激動の歴史-】(沢間駿河・2022)という書籍を参考に進めさせて頂きます。
こちらの書籍は『川根電力索道』について詳細に書かれた、唯一の専門書とも言える濃~い一冊。
ぜひとも手に取って読んで頂きたい!

この資料によると、会社設立時の名称は『川根電力株式会社』。
そもそもが発電事業を主とした会社であり、索道事業はあくまで副業だった、とのこと。
当時、電力事業の競争が激化する中において 伊久身・笹間の両村が未だ無電力地帯である事に目を付け、笹間川の水利権を獲得することで発電業界に参入しようと目論んだことが始まりらしい。

では、実際に笹間川の水を利用した発電所の計画はあったのか?
まずは公式なパンフレットである「川根電力索道鳥瞰図」(2つ上の写真が表紙。実際は屏風折りになっており、あまりに横長のため 表紙だけを引用させて頂きました。)を見てみます。
中面部分も同誌に掲載されているのですが、上河内駅・奥山屈曲所を過ぎて笹間川沿いに出た索道は、桑ノ山停車場へ向かっています。

川根電力索道鳥瞰図
川根電力索道鳥瞰図
図説中川根の歴史 より

が、その桑ノ山停車場の少し上流に何か書かれています。
そこを拡大してみると…。

川根電力索道鳥瞰図
川根電力索道鳥瞰図
図説中川根の歴史 より

笹間川發電所・・・?

…いやいやいや、御冗談を。

(と言うか、パンフレットの実物を見たい!
もっと読みやすい…はず!)


では実際のところ、これはどのあたりを指しているのか?
古地図に照らし合わせて、場所の特定を試みます。

柳崎橋 Click!
5万分の一地形図『家山』 より

右が鳥瞰図。
残念ながら印刷が鮮明ではなく、文字判別も難しい状態です。
左は1940(昭和15)年に要部修正されたという5万分の一地形図『家山』。
時期的に言えば、川根電力索道の終焉に近い頃。
索道の全廃直前にあたります。
クリック後の画像に、該当すると思われるポイントを書き込んでみました。

峠を下った道が笹間川を越えている事や周囲の地形から察するに、その場所は『高日向』地区周辺ではないか?というのが自分の解釈。
(注・高日向地区は山を一段上がったところに位置しています。)
そう、そこは一本桜(ほう瀬の桜)がある場所。
臼井氏の話とピッタリ一致!?…するんですけどね。
実際に建てられてはいないはず…。
このパンフレットには、どんな経緯があるのか?
詳細が知りたいところですね。

何にせよ、笹間川の水力を利用した発電所を建設するという目論見はあったようです。
では、上述の書籍にはどう書かれているのか?
資料を読んでいくと、事の顛末についての記述を発見できました。

「一方『本業』の電力事業については、定款の第二条にて『一、笹間村、伊久身村に電燈電力を供給すること …… 』とあるように正式に会社の第一目標とされ、索道工事開始と同時に笹間川の発電所工事を進めていた。しかし、完成までには時間がかかることから、暫定的に伊久美駅に設置したボイラーで電力を賄っていた(「ふるさと大長・伊久美」)。この電力を元手に、翌1926年(大正15年)1月1日より伊久美村内における電灯営業が始まった。また、この電気は索道電源としても利用されている。
その後、1925年末頃には水路工事まで完成したが、1926年3月6日に河水使用願譲渡許可届を提出し、実質的に建設を放棄した。」(幻の索道 -川根電力索道 16年の激動の歴史- より)


索道工事が開始されたのは会社設立と同年の1925(大正14)年。
これと同時に「笹間川の発電所工事を進めていた。」と書かれています。
そして、同年末頃には「水路工事まで完成した」とも!
これはおおよそ100年前の出来事。
臼井氏の話とは若干食い違う部分があるものの、御年80歳である氏の幼少期には すでに導水トンネルが完成し存在していた事は間違いない。
また 完成したのは水路までで、やはり発電所そのものは完成しなかったようです。

これらの情報を統合した結論として、自分は 今回の竹島の水路トンネルこそが
川根電力索道による笹間川発電所計画の導水トンネルであると考えます。
もしそうであれば、これは地名の保安隧道と肩を並べるほどの貴重な遺構。
寺尾ばし直下の橋脚と共に、未だ謎の多い川根電力索道という存在を明らかにするための一助となるはずです。

しかしそうは言っても、
・発電所部分は全くの手付かずだったのか?
・崩落区間の水路はどうなっていたか?
・水路橋は完成していたのか?
などなど、不明な点は まだまだ多くあります。
当サイトでは、トンネルの追跡など 今後も調査を継続したいと思います。
また、この件について 何か情報をお持ちの方は ぜひご連絡ください!



名所File No.17

川根電力索道 導水トンネル

営業時間:営業終了
所在地:静岡県島田市川根町笹間下
交通アクセス:島田市コミュニティバス笹間渡笹間線 竹島バス停より 徒歩10分




調査続行。




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終わりに。

臼井氏
「昔の笹間川も、平時は今ぐらいの水量だっけよ。
あの頃は魚が大量にいただいな、鮎もウグイもウナギも、何でもいっぱいいた。
学校から帰ったら川へ行ってな、捕るのが楽しみだっけだぃ。
釣り解禁の前の日んなりゃあ そこら中から人ん集まってな、夜通しその時刻を待ったもんだ。
賑やかだっけな~。
でも今は全くいない。
寂しいこんだよ…。」