空を舞う幻のゴンドラ

~川根電力索道~

導水トンネル編

章1:寺尾ばし  1/ 2
章2:竹島トンネル  1/ 2/ 3
章3:解明  1/ 2/ 3/ 4
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章3-2 国境の長いトンネルを抜けると発電所であった。



その日のその時間、私はここにいました。

竹島水道

地図で見るとこのあたり。
竹島地区から約1km下流。
三並(みならび)地区にほど近い茶畑のある場所。
ここの農道を登っています。

竹島水道 Click!
現在地

振り返っての写真。
眼下に見えているのは笹間川。
かなりの急坂です。

竹島水道
現在地

一段高いところで、再び道が水平になるポイントがあります。

竹島水道
現在地

コンクリートで一部を舗装したこの道、よく見ると 斜面となった右端だけが、質感が違います。

竹島水道
現在地

苔むしていて、かなり古い年代のコンクリート。
この質感、見覚えがありますね。

竹島水道
現在地

そう。
これは今回の調査対象であり、その正体を突き止めるべく追ってきた『竹島水道トンネル』の続きなのです。

なぜここにトンネルの続きがあるのか?
なぜ自分がここにいるのか?


前話の終わりから振り返ってみます。



再調査の帰り道、偶然にもこの地域に住む 臼井夫妻 に出会い、お話を聞くことができました。
あまりにも多い情報量のため、ここでは ある程度まとめた形で掲載します。

①水車について

「あの橋の辺りに水車がありましたか?」
「あった。かなり昔だけどね。」
「それは笹間川に?」
「いやいや違う。あの吊橋の少し先に2つの沢があって、その大きい方の沢に水車があった」

竹島水道

吊橋付近に、かつて水車が存在した事を確認!
その大きい方の沢の名前は、【金草沢(かなくさざわ)】とおっしゃった…と思います。
ただ、位置や高低差などからも推察できるように 今回の調査対象とは無関係でした。

②寺尾ばしについて

「あの吊橋についてなんですが…」
「先代の橋は80m位 上流にあったけど、台風で流されちゃってね。」

竹島水道

地図で示すと、おそらく赤丸のあたり。

竹島水道

昔は対岸にある沢(寺沢)の上流側に お寺 があり、この地域の家々は皆その寺の檀家だったようです。
『寺尾ばし』という名称もここからでしょう。

竹島水道

後日 改めて寺沢周辺を確認してみましたが、先代橋の痕跡は全く見当たらず…。
笹間川はやや水量が多く、対岸にも渡れず…。
また機会があれば、寺跡など探しに行けたらと思います。

そして橋の流失後。
対岸には臼井氏と他の何軒かの方が茶畑(再調査で確認した茶畑)を所有していたため、どうしても新しい橋が必要でした。

「平成9年に今の場所に架け直したんだよ。あの場所は皆で話し合って決めたと思う。」
「そういえば少し上流にも、そっくりな形の吊橋(竹島の吊橋)がありましたよね?今はもう使われていない…。」

竹島水道

「あっちの橋の方がもう少し幅が広かったかな。どっちも、自分らで架けたよ。」
橋を新たに架けるにあたり 家山地区の岡平鉄工所に相談したところ、100万円ほどかかると言われた。
町(当時の川根町)から7割の補助が出たため あと30万が必要だった。
他の家とも相談したが、とてもそんな額は出せなかった。
すると岡平さんが「場所と機械は貸すから、自分でやるなら それでいいよ。」と言ってくれた。
臼井氏自身が家山の岡平鉄工所へ何度も通って、切断やら穴あけやら自分でやった。
溶接機も借りてきて、近所の人達と3日ほどかけて橋を架けた。

というのが、寺尾ばし及び竹島の吊橋の来歴でした。

竹島の吊橋のほうは、実際 架けてみれば、皆が利用したそうです。
特に印象深いのは、木の伐り出しの人達がしょっちゅう通っていた事だと臼井氏は言います。
「山の奥の方までワイヤーを掛けてな、材木を降ろした。よくまああんな所から、って驚いたもんだよ。」

そして遂に、話は核心部分へ…。

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