東西を結んだ交易路
下泉橋
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追記編:第4話
再調査編:第5話
追記編:第6話
第6話 橋脚を埋める友へ
追加調査編です。
最後の訪問から約1年が経ったころ、近くを通りがかった時に何気なく下泉橋を見てみると…。

Click!
何かあるよ。
見渡せば 周辺では浚渫作業も行われているし、出水などによって当然のごとく川の流れも変わるわけで。
これは
「日を改めてみれば 新しい発見がある」という好例…だといいなぁ!
まあそんなわけで、
「第3橋脚あたりにもう一つの塊が露出している」という状況から 今回の話はスタートします。
こちらが、現時点で判明している周辺図。
F・G橋脚間に横たわっていたコンクリート塊が2代目のものである事が判明しているので、妙に大きい
F橋脚台座は2代目下泉橋下長尾側主塔の台座のものを流用しているのだろうと当サイトでは考えています。
今回の調査で、この図を描き変えるほどの発見ができるでしょうか?
行くしかない。
さて、河原に降り立ちました。
この日もまた
大井川本流は下泉側(東岸側)に偏っており、目的地までは難なく辿りつけそうです。

Click!
で、その道中。
第5橋脚を横から見たところです。
「土台と橋脚が激しくズレてるなあ!」
という感想は何度も書いてきたと記憶していますが、今回の見どころは別の個所。
それは、クリック後の緑面。
綺麗にカットされたような跡があるのです。

Click!
これは
第4橋脚。
こちらもまた、斜めにカットされたような跡が確認できます。
ただ、上記の第5橋脚とはカット面(仮)の角度が違っていますね。
全ての橋脚の確認はできていないのですが、この痕跡は何を意味するのか?
こちらは
第4橋脚と第5橋脚の間で見つけたコンクリート塊。
地面に埋まっていました。
位置的に見て、
第3話の調査で川を渡れず 調査を断念した時のものと思われます。
第5話の調査において、
第7橋脚と第8橋脚の間に横たわっていたコンクリート塊が
2代目下泉橋の下長尾側主塔のものであると結論付けました。
そしてこの足元に埋まっているコンクリート塊は、その時のものとよく似ているなという印象を(遠目ではありますが)受けています。
もしこの推測が正しければ、これらは
2代目下泉橋の中央塔の残骸である可能性が非常に高いわけですが果たして?
まあ何にせよ、調査するには 再び地上に出てきてくれるのを待つしかありません。
さて、そんなこんなで目的地に到着しました。
おお?!・・・これは・・・?
そこにあったのは
謎の構造物。
2本の円柱形土台の上に、薄っぺらなハンバーグが乗っているような。
これはいったい何なのか?
この位置・この形から想像を巡らせてみれば、なんとなく思い当たるものが一つだけあります。
それは、
2代目下泉橋中央塔の土台。

Click!
あの特徴的な
A型中央主塔の土台部分ではないだろうか?
角度を変えて、もう一枚。

Click!
あーでも…まあ…ちょっと違うと言えば違うような…。
形が…円錐形だしな…。
まあまあとりあえず、よく観察してみましょう。

Click!
側面に回り込んでみました。
こうして見ると、
左岸側(写真右・下泉側)の土台もまた 2本の円柱型土台の上に楕円形のコンクリート板が乗る構造になっているのがわかります。
しかしパッと見でわかるように、
左岸側(写真右)と
右岸側(写真左)では水平台部分の
厚みが違う。
それもちょっとやそっとじゃない…。
そして
右岸側には見られる
斜めのカット様の跡が、
左岸側には見られません。
そもそも、
右岸側の土台なんて傾いてるし。
で さらに近づいて詳細な調査をしたいところですが、水の流れに阻まれてこれ以上近づくことができない…。
しかし再び土砂に埋もれてしまえば、次いつ表舞台に表れてくれるか わかりません。
このチャンスを逃す手はない。
…渡るか。
3月の大井川はとても澄んでおり、透明度はなかなかのもの。
日本有数の温暖地域(?)に属する大井川の水は、冷たくはあるものの痛みを伴うほどでもありません。
ただ、渡河までは想定していなかったので
裸足。
水中用の靴を車の中に置いてきてしまうという…何やってんだ。

Click!
でまあ なんとか渡りきり、土台の上流側からの眺めを得ました。
どうにもアンバランスな…。
これは
円柱型土台と
水平型土台がズレてるせいか?
と一瞬思いましたが、どうも そう単純な話ではないらしい。
クリック後の写真に上流側、下流側の接合部をアップしたものを置きました。
これを見て
「上流側の円柱土台は下流側のそれと比べて 大きく削れてしまったようだ」と安直な結論を出しかけましたが…。
そもそも
「円柱土台だけが削られて水平型土台は綺麗なまま」なんて事があるわけない。
これについては、改めて検証する必要がありそうです。

Click!
こちらは
左岸側土台。
『円柱型土台の上に水平型土台が乗る』という構造自体は同じなのですが…。
明らかに
「円柱型土台よりも、水平型土台の幅が一回り大きい」ですね。
厚み(高さ方向)が極端に違う点も含めて、どういうこっちゃ?
右岸側のものと対になっている、というのがそもそもの思い込みなのか?

Click!
もう少し回り込んでの一枚。
どうやら
幅方向だけではなく、全周にわたって膨らんでいるようです。
で、クリック後の写真に 右岸側の土台を模したアウトラインを描き込んでみました。
どう見えますか?
第5話調査では、先代の支柱に対して
巻き立て補強を行っていた跡を確認しています。
もしやこの台座に対しても、同じような補強を行って再利用しているのでは?と思ったのです。

Click!
さらに歩いて、下流側にやって来ました。
やけに不自然な残り方をしている突起部分(赤丸)。
若干、コンクリートの質が違っているようにも見えますが…詳細は不明。
こちらは、唯一露出していた内臓物(青丸)。
最初は鉄筋かと思いましたが、よくよく見れば 何か板状の金属にも見えます。
第5話では、下長尾側主塔の橋脚には
丸鋼鉄筋だけでなく
L字鋼など様々な形状の金属が埋め込まれていたのを確認しています。
いよいよ、本命の
右岸側(下長尾側)土台に近づきます。

Click!
なんとも面白い形ですよ。
上流側から見た時とは逆に、今度は下流側の方が面ズレを起こしています。
やはりこうなると、「土砂に削られた説」には無理がありますかねぇ。
他の土台にも見られた「斜めカット跡」の謎と合わせて考えた方が、正解に近づけるかも…?
ところで 土台の上部からニョキニョキと鉄筋が飛び出ているようですが、ここからの目視ではこれが限界。
となれば次の手段。
左岸側土台の上に登って、観察してみましょう。
とは言え 土台にはそれなりの高さがあり 登るのは困難なので…。

Click!
技術的解決。
んで、こちらが
右岸側水平台の上面になります。
なかなかに興味深い。

Click!
ニョキっと生えていた
鉄筋類ですが、こうしてみると
左右2カ所に分かれつつ それぞれが円形に埋まっているのが分かります。
この土台の上に2本の円柱型構造物が伸びていた、と想像するのが自然でしょう。
鉄筋に焦点を当ててみると…。

Click!
丸鋼鉄筋でした。
この土台もまた、
昭和40年代以前の構造物のようです。
とまあこんな感じで、今回の調査は終了となります。
さてさて一通りの観察を終えたわけですが、結局のところ
これは何なのか?
まあ当たり前に考えるならば、これは
2代目下泉橋中央塔の土台ではないか?
となるわけですが…。

Click!
こちらが現役時代の
2代目下泉橋中央塔。
クリック後の画像に、判別できる限りのアウトラインを描き込んでみました。
う〜ん…形が違うね!
今回 調査した
円柱型土台に該当すると思われる部分(4本の足)ですが、 写真でもハッキリわかるレベルの
円錐形状をしてます。
さらに
水平型土台と考えられる上部構造においては、全体(4本の足の上端)が一つに繋がっているようです。
(中央が
開いた“口”の字状なのか、
一枚板の“■”状態なのかまではわかりませんが…。)
えぇ・・・? 違うの?これ・・・。
でも位置的には これしか考えられないんだけど…。
どうにも腑に落ちない。
何か見落としているのか?
と、他の資料も手あたり次第に見返していると…
これだ。

Click!
ようやく
答えを見つけました。
少し見辛いですが、わかりますかね?

Click!
そこ?!
これまで
『土台』と呼称してきたあの構造物は、見ていた部分よりもさらに下の
『基礎』に近いものだったようです。
いやまあ確かに、
橋の高さを考えてみれば これは
当たり前の話!…ですよねー…。
それに、構造物の上部に突き出ていた鉄筋は 円形状に埋まっていました。
これが
『基礎部分』と考えれば、この上に4本の円錐状の土台が乗ってくる事になり、
とても納得がいくわけです。
となれば、あの
左岸側(下泉側)土台の
巻き立て・補強はいつ行われたものなのか?
これはもう
「状況的に考えて」という言い方しかできないのですが、おそらく
昭和36年(1961)の
3代目橋(現行橋)架橋時なのでしょう。
永久橋の土台として再利用するにあたって、あのままでは強度不足と判断され 補強された、というのが無理のない推測かなと。
2対の基礎のうち 再利用されたのが左岸側だったのは、橋脚間の距離が
ちょうど良い位置にあったから、という程度の差なのだと思います。
もしかしたら、「ちょうどそこに当たるように設計された」という可能性も無きにしも非ず、ではありますが。
概略図も、僅かながら更新となります。
とはいえ、まだまだ多くの謎が残っているんですよね。
例えば
各橋脚土台に残されたカットライン跡についてとか。
引き続き、
気長に 調査を続けて行こうと思います。
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探索!ウラ話
今話をまとめている途中で、何の気なしに撮影していた写真があることに気づきました。

Click!
第一橋脚の土台部分。
なんともはや、
継ぎ接ぎだらけの変な形をしております。
ここで最初の調査時に下泉側から見た時の写真を見返してみると…。
こんな感じだったんですよねぇ…。
これはいったい どうなってるんだ?
これまでの調査で判明しているように、下泉橋は
支柱から土台に至るまで補強・再利用が行われていた実績があります。
未だ経歴不明の第一橋脚もまた、何かを隠しているようですよ…?
…それにしても…。
写真をよく見ると、これもしかして
消波ブロックの上を歩いて行けた のか…?
ここは 普段なら川の流れに阻まれて そうそう近づけない場所。
この後 別件の調査予定を控えていたため時間的余裕がなかったのは事実ですが…。
…もったいないことをしたのかも。
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