95.9km、6時間の大激走!

榛原郡縦走大駅伝競走

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第1話 メロスは激した。


まずはこの写真を見てほしい。

千頭−御前崎間大駅伝大会
ありがとうを胸に 川根町閉町記念誌より

これは、旧榛原郡川根町平成20(2008)年に島田市に編入される際に発刊した、【ありがとうを胸に 川根町閉町記念誌】(川根町企画課・2008)という本に載っていた1枚。
川根町の歴史・出来事をまとめた年表の中に、これがありました。

…マジか。
地面、未舗装だし。
こんな桁違いのイベントが行われていたとは!

こりゃぁ…
調査するしかないでしょ!



とまあそんなわけで、このたった一枚の写真から追いかける事になったこのネタですが…。
まず最初の手がかりとしては、上記の写真と歴史年表中に書かれた以下の文。

榛原郡下縦断大駅伝大会出場 川根町チーム5位
(本川根町〜御前崎町の92.5キロメートル)

これだけ。

ここから、なんとか情報を辿りたい。
実のところ昭和39(1964)年と言えば、東京オリンピック(10月10日開幕)が開催された年。
現在の70代以上の方ならば、実際に目にした方も多いはず。
まあ聞き取りは最後の手段に取っておくとして、ここは一応 紙媒体による公式な資料を探してみます。
記憶違い等によるミスも、できるだけ避けたいし。

で、早速WEBやら図書館で町史、スポーツ誌などを漁ってみるも悉く空振り。
あれー…。
こんな大イベントなのに、どこにも情報がないのか。

どうにも行き詰まったところで、思い切ってメールしてみました。

『御前崎市スポーツ協会』(公式HP)

ダメ元ではありましたが、なんと、事務局のU氏から丁寧な回答を頂けました。
それによると、昭和39年10月20日付(No.77)【広報おまえざき】に記載があるとのこと!

広報誌!

その手があったか。

さらに有難いことに、U氏が広報誌面をPDFにして貼付してくださいました。
そこで様々な情報を得ることができたので、後でまとめます。

まずこの大会は、昭和39(1964)年10月2〜3日の2日間に渡って行われ、当時の榛原郡に属していた8町が参加したとの事。

旧榛原郡 Click!
Digipotより

早速、参加自治体の記録が閲覧可能そうな場所を片っ端から問い合わせや訪問。
そこで得られた各自治体の広報誌情報をまとめてみます。



本川根町(現:榛原郡川根本町)

川根本町公式HPから、広報関係を担当しているデジタル推進課宛てに問い合わせメールを送ったところ、同課の主事を務めるS氏から回答を頂きました。
「昭和39年版の【広報ほんかわね】は残念ながら どこにも保管されていない状態であり、かなり古い時代の事なので 作られていたかどうかもわからない」
との事…。
うーーむ、無いかー…。
現在WEB上で公開されている広報ほんかわねのバックナンバー(表紙のみ)で最も古いものが昭和45年6月発行の第54号で、その次の第55号は同年8月のもの。
つまりこの頃の広報は 隔月発行 だったはず。
逆算していくと昭和39年には既に発行されていた可能性が高いのですが…、残念!

中川根町(現:榛原郡川根本町)

こちらも川根本町役場デジタル推進課のS氏から回答を頂きまして、
「10月15日発行の【広報中川根】に記載がありました。」
として、PDFを貼付してくださいました。
内容は大会の様子と着順、タイムなどでした。

川根町(現:島田市川根町)

【広報かわね】には、どこの広報よりも詳しく記載されていました。
9月号に開催のお知らせ・大会要項・選手募集、コース略図など。
10月号には声援要請・川根町出場選手一覧が。
11月号にはレース展開や結果が載っているという豪華ぶり。
こちらは島田市立図書館などで閲覧可能です。

金谷町(現:島田市)

当時の【広報かなや】島田市立図書館にて閲覧可能なのですが…。
全く記載無し。
他のスポーツ大会の結果などは載っているため、スポーツ専門の広報紙を別に発行していた可能性も低いのですが…。

吉田町(現:榛原郡吉田町)

当時の【広報よしだまち】吉田町立図書館には保管されていませんでした。
そこで吉田町役場公式HPから問い合わせメールを送ったところ、企画課のT氏から回答を頂きました。
「昭和39年の広報誌は役場に1部だけ残っています。該当の大会についての記載は前後数年に渡って確認しましたが、全くありませんでした。スポーツ専門の冊子を別に発刊していた記録もありません。」
との事。
実際に自分も訪問させて頂いて現物を確認しましたが、やはりどこにも記載されていませんでした。残念。

榛原町(現:牧之原市)

10月15日付【広報はいばら】に、大会の様子、結果の記載がありました。
こちらは、牧之原市立図書交流館いこっとにて閲覧可能です。

相良町(現:牧之原市)

9月15日付【広報 相良】に大会開催のお知らせが、
10月15日付の同誌に大会の様子、結果が記載されていました。
こちらも、牧之原市立図書交流館いこっとにて閲覧可能です。

御前崎町(現:御前崎市)

前述した『御前崎市スポーツ協会』のU氏から頂いた情報を見たところ、10月20日付【広報おまえざき】に簡単なルール説明と大会の様子、結果が記載されていました。
こちらは御前崎市立図書館ASPALで閲覧できます。
自分も一度見に行きましたが…貸し出し中で見られず。残念。



とまあこんな感じで、思ったよりも扱いが小さい。
こんな一大イベントなのだから どの広報誌にも載っているもんだと思っていたら意外とそうでもなく…。

ハッキリと書いてしまうけれども、ほぼ全ての広報誌において これより大きく報じられていたのは『東京オリンピック聖火リレー』の記事。
本大会の翌日、10月4日には掛川市から金谷地区に引き継がれ、沿道を約7千人の観衆が埋め尽くしたとか。
第43区の中継点に選定された金谷小学校前では金中ブラスバンドの出迎えもあり、当時の熱狂ぶりが伺えます。

うーーむ…。
まあまあそうは言っても、皆 結果を知りたいはず。
広報誌以外の手段で…となれば、方法はアレしかありませんな。

静岡新聞。

上述の広報誌のいくつかにも書かれていましたが、本大会は静岡新聞社の後援を受けているのだ。

10月2日付に大会の詳細。
同月3日付に1日目の様子、結果が。
同月4日付には2日目の様子、大会結果が記載されていました。
もしかしたら8月、9月あたりの記事に大会の告知があったかもしれませんが、未確認です。




榛原郡縦走大駅伝競走のチラシ
広報かわね S39.10 より

さて これらの情報を統合して、駅伝大会の要項についてまとめてみます。

まずは肝心の大会名称ですが・・・正直、わからん。
各誌とも表記が一定ではなく、バラバラなんです。
いくつか挙げてみると

『第一回榛原郡縦貫駅伝大会』      :静岡新聞10/2
『第一回榛原郡縦走一般社会人大駅伝競走』:静岡新聞10/3,4
『榛原郡従断駅伝競走』         :広報中川根
『郡下縦断大駅伝競走』         :広報かわね
『第一回榛原郡縦走駅伝競走』      :広報さがら

統一してくれませんかね…?
でまあいろいろ考えた結果、ここは静岡新聞に倣って『榛原郡縦走大駅伝競走』で進めさせて頂きます。

主催は榛原郡体育協会。
静岡新聞社、静岡放送の後援。
この後の10月10日に開幕する東京オリンピックの協賛大会として企画されたイベントのようです。
「第3回静岡県中央大会にも指定された」とありますが、何の事なのか不明。
ちなみに大会名の前に『第1回』と謳われていますが、以降の開催は確認できていません。

次にルール説明を。
 1.実施期日 :10月2日(金)〜3日(土)
 2.参加町村 :榛原郡下8町(本川根、中川根、川根、金谷、吉田、榛原、相良、御前崎)
 3.参加資格 :8月1日現在、榛原郡内に居住する青年男子で年齢不問
 4.走行距離 :千頭−御前崎間95.9km
 5.出発地及び決勝地:出発地点・本川根町千頭駅前、決勝地点・御前崎町静鉄車庫前
 6.区間数  :16区間(1区間4km〜8km)
 7.参加選手数:1町当り正選手16名、補員4名、但し1選手に2区間(1日1区)の走行を認める。
 8.競技方法 
  [1日目]本川根町千頭駅前〜金谷町金谷劇場前 51.6km、8区間。
       正午に千頭駅前をスタート。
  [2日目]金谷町宮崎橋〜御前崎町静鉄車庫前 44.3km、8区間。
       正午に宮崎橋を同列一斉スタート。
 9.順位決定 :全区間のタイム合計によって順位を決定する。
10.表彰:第1位〜3位までに賞状及び商品を、4位以下に商品を授与する。
   参加全選手にオリンピック協賛記念メダルを、また区間成績優秀なる者に区間賞を授与する。
11.応援:各町住民、小中高校生は当日通過地点にて盛んなる応援をするものとする。

*当日は、午前11時10分から開会式、同日午後3時30分から閉会式の予定。

いやはや面白くなってきたじゃあないですか。
果たして、この大会の結果はどうなったのか?!
次話からは、実際のコースを地図上で辿りながら検証していきますよ!

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