川岸に眠る不達の神殿

笹間渡発電所

TOP
第1話 第2話 第3話 第4話 第5話 第6話 第7話 第8話 第9話v



第4話 は正直である。


注:この調査は2回に渡っており、本レポートではその2日間の写真の中から良い方を選択しています。

笹間渡発電所跡 現在地
Click!

辿り着いたそこは、まぎれもなく正規のルート!
しかも思いの外、状態がいい!
『通行量の少ない登山道』と言っても分からないのでは?

道幅は2mあるかないか、といったところ。
自転車・バイクはもちろん、荷車でも充分通れるはずです。

さて、まずは起点となる笹間渡駅方面の道のりを解明してから、残りを楽しむとしましょう。

笹間渡発電所跡
現在地

それなりの傾斜で一気に下って(登って)いきます。

笹間渡発電所跡
現在地

とは言っても、やはり軽車両の走行を想定した斜度ギリギリで整備されている印象を受けます。

で、歩き出して一分もしないうちに…あれは…?!

笹間渡発電所跡
現在地

!!!!

これか!


笹間渡発電所跡

切通し!

笹間渡発電所跡
現在地

これは なかなかの規模ですよ?

足元に かなり落ち葉が堆積しているため、正しい路盤がはっきりしません。
本来はさらに深く削られた姿が見られたはずです。

笹間渡発電所跡 Click!

両側の山の高さは、6〜8m位はあるでしょうか。
もはやこの規模ならば隧道(トンネル)にしていても不思議ではないかも?



前話でも参考にさせて頂いた【東海パルプ100年史】(東海パルプ100年史編纂チーム/2007)のコラムに、当時 この道を切り開く作業をしたという郷野斛平のインタビュー記事が載っていたので、少し長いですが引用させて頂きます。
発電所完成直後は 折からの大不況により東海パルプ自体の稼働率も非常に低く、島田工場に勤務していた従業員も 発電所までの道の開削に駆りだされていたようです。

「最初に地名出張命令が出たのが昭和5年3月だったと思いますが、全員が引揚げたのが昭和12年の4月、この7年間というものは1ヵ月工場に勤務し、また1ヵ月地名勤務というようにして、一部のものは笹間渡の道路開設、またある一部のものは発電所の機械据付の手伝い、また他の一部のものは水路沈砂池の作業、そういった各方面の作業を交代でやっていました。」
〜略〜
「当時笹間渡駅から笹間渡発電所へは、通称ハンバネ山を上り下りしていましたが、私どもの命ぜられたことは川沿いに道路をこしらえることだったのです。距離は290間、527メートル。これだけの短い距離だったんですが、大井川の七曲りといいますか急激に川が曲がっていて、水が岩にぶっつかっている。その上に道をつくるということで、私どもの15名の組も作業に当たったわけです。」

笹間渡発電所跡

「その工事はハッパといってダイナマイトで岩を爆ざすというような仕事ですが、」
〜略〜
「急な山を上ったり下ったりして幅6尺の527メートルの道を通した約2年間くらいの仕事でしたが、だんだん馴れるに従ってだいぶ上手になりました。ダイナマイトを詰め込む穴を掘るんですが、鋼の棒の先に刃がつ いていてハンマーでたたいて穴をうがつわけです。5尺も6尺もというような深い穴ですと1つの穴に2日も費やすこともあります。この穴ヘダイナマイトを3本ないし5本くらい入れて導火線に火をつける。そして30間か40間くらい 後へ逃げる。そうすると大きな音をたてて岩が爆ぜる。それをかきならして岩石を大井川の急流の方へ流してしまうそういう仕事だったのです。」
〜略〜

笹間渡発電所跡

「勤務時間は山でも工場に準じて午前6時から午後6時までの12時仕事をしていました。それで527メートルが完成した時の喜びたるや、いま考えてみましても言い知れぬ喜びが湧いてきたのを覚えています。その道路が開通したために重い荷物もみなその平坦な道を通って笹間渡発電所に持て行けるようになり、いま行ってみましても私どもがこしらえた道があるから重量荷物もみな向こうへ持って行けるんだという誇りを感じます。」

今 目にしているこの道は、東海パルプの従業員や専門の工夫の方たちの 命懸けの作業によって、できたものなのです。




笹間渡発電所跡

先へ進みます。
切通を抜けると、目の前に横たわるのは笹間川

笹間渡発電所跡
現在地

左を向きます。
すると、これまでよりも若干狭くなった道幅をもって 下っていく道がありました。

で、実は1回目の調査時には素通りしていたのですが…。
2回目の調査時に気づいて、何?となったポイントがありました。

笹間渡発電所跡 現在地
Click!

道がある。

分かりますか?
上に登って行く道が。

ここはちょうど切通しの入り口の地点。
笹間渡駅方面から来た道が180°ターンするように向きを変え、北側の尾根伝いに登って行くのです。
そこで思い出されるのが、先述のインタビュー記事。

「当時笹間渡駅から笹間渡発電所へは、通称 ハンバネ山 を上り下りしていましたが、」

これです。
これがおそらくハンバネ山へと向かう道でしょう。
さらに言うなら、第2話において発電所裏の急斜面を九十九折れで繋いでいたあの道。
おそらくここを行けば、あの道へと繋がるはずです。

第2話で九十九折れの山道を「旧道」と書いたのは、これが理由。
道が開削され、切通が大井川と笹間川を繋ぐまでは、この登り道こそが正規のルートだったわけです。
ちょっとだけこの道を辿ってみましたが、とりあえず今回の趣旨とは外れるということで、ウラ話の方で少し紹介します。

笹間渡発電所跡
現在地

さて、調査に戻ります。
笹間川に向かって景気よく下っていきます。

笹間渡発電所跡
現在地

途中、石垣による擁壁を発見。

上でも少し書きましたが、切通しからこちら側に移った時点で やや道幅が狭くなりました。
約1.5mほどでしょうか。
写真でも分かるように、山側は岩肌が露出しているので当時とそう変わっていないはず。
となると、川側が崩れて本来の広さを失っているのだろう、とも思ったのですが…。
石垣がこの位置に存在するという事は、これがそもそもの道幅だという事なのでしょう。

笹間渡発電所跡
現在地

石垣の無い区間では崩壊が始まっているものの、廃道化してからの年月を考えれば とても綺麗な状態が保たれている方だと感じます。

と、5分も歩かないうちに…。

笹間渡発電所跡 現在地
Click!

!!

…あれは!?




第5話へ

第1話 第2話 第3話 第4話 第5話 第6話 第7話 第8話 第9話
TOP







探索!ウラ話


さてさて、話は切通しの笹間川側入り口に戻ります。

笹間渡発電所跡 現在地
Click!

『ハンバネ山』へ登って行くと思われるこの道について。
短い距離ではありますが、ほんのちょっとだけ辿ってみたので そのレポートをお届けします。

で、上の写真がその分岐。
改めて見ると、あまりに か細い…。

笹間渡発電所跡
現在地

正規ルートが開通する以前は この山登りルートを通って重量物を運んだようにも読み取れるわけですが…。
当時のままの姿ではないにしても、さすがにこの道は厳しい。

笹間渡発電所跡
現在地

これが1分ほど登った地点。
道幅は相変わらずです。

笹間渡発電所跡
現在地

ここは既に崩落していますね…。

とりあえず今回はここまで。
次回調査時に追求する予定です。

第5話へ


TOP