川岸に眠る不達の神殿
笹間渡発電所
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第9話 通勤路は、踏破の際まったく抵抗しなかった。
注:この調査は2回に渡っており、本レポートではその2日間の写真の中から良い方を選択しています。
前話、『最後の難所』を越えたあたりから、なんとなく徐々に下り始めたっぽい。
現在地
まあ あいかわらず路面は酷いままなんですが…。
現在地
あー・・・。
つい先ほど『最後の難所』なんて表現を使ったばかりなのに申し訳ない。
全然終わってなかった。
なるべく高い位置を素早く通過します。
徐々に下ってきているはずですが…。
相変わらず 命の危険を感じる高さではありますね。
今の難所を振り返ってみる。
ああ…。
こりゃあヤバいね。
現在地
前を向いても、どこが路盤なのやら…?
てか、この道を使って帰るんですけど…。
難所はこれで最後にして頂きたい。
現在地
フカフカの落ち葉の絨毯を、どんどん下っていきます。

Click!
現在地
ここで、やや浅めの
切通しを発見!
疲弊しているところに、こういった痕跡が なぜだか嬉しい。
現在地
どこまでも荒れた路盤。
しかし、歩くのに困るほどではありません。

Click!
現在地
山歩きを趣味とする人には見慣れた例のもの。
ハチさんのお宅がここにも…。
…これ、誰が設置したんだ…?
現在地
道はさらに下降していきます。
それにしても、どれだけの岩を削ったのか…

Click!
現在地
途中で、こんなものを発見。
ここは
桟橋になっていたのかも?
ちょっと違和感があるけど…。
現在地
こんな感じで、石垣が崩れています。
と、ここで下を覗いてみると…大井川の川面が だんだん近づいてきている!
目的地は近そうです!
現在地
ここに至って、急に上からの落下物が増えてきました。
現在地
落石ゴロゴロ。
木も薙ぎ倒されているし、大きめの崩落の跡でしょうか。

Click!
現在地
これは…土留めでしょうか?

Click!
現在地
あ!!
現在地
これがうわさに聞く
ハシゴか?!
ということは遂に!
現在地
見えた!!
情報のとおり、左手には放棄された茶畑が…伸び放題。
足元には黒豆(おそらく鹿のアレ)がコロコロ。
ここはもはや、野生の王国となりつつあります。
現在地
まず最初に遭遇する2本の柱。
このあたりには変電所の設備があったはず。
現在地
正規のルート完踏!!
遂に辿り着きました、
笹間渡発電所跡。
圧倒的な存在感を放っています。
とまあそんなわけで…。
第1部はここまで。
この先の
発電所設備関連と
裏山の九十九折れルート(旧道)については、第2部でお伝えします。
調査自体は今年の冬季を予定していますのでね。
お楽しみに!
第1部 完!
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探索!ウラ話
第7話で登場した踏切についてですが、その名称に使われていた
『旧川根道』という語句が、とても気になっておりまして。
そのあたりの事について調査して
「よし ここで書こう!」
となったのですが、なんだか全然うまくまとめられないし、書いてるうちに ウラ話でやるのがもったいなくなってきてしまったのでヤメます。
なんとか形にして、第2部で公開できたら嬉しいなと。
とまあそんなわけで。
ここまで何度か登場している
昭和6(1931)年7月撮影の川下り動画の中から、もう1枚の切り抜き画像をご紹介したいと思います。
笹間渡吊橋(仮称)の横を通り過ぎた列車は 笹間川橋梁に差し掛かります。
そこでカメラが記録していたのは、笹間川上流方向の風景。
この映像を合成して、一枚の写真風にしたのがこちらです。

Click!
(
大きいサイズの写真はこちら。)
再び横長の画像で申し訳ない。
一行を乗せた列車が笹間川橋梁を渡っているシーンをベースにしています。
まず、前方に見えるトンネルが『笹間トンネル』です。
笹間渡駅から地名駅へ向かう区間には3つのトンネルがありますが、笹間渡側から順番に「笹間トンネル」「鵜山トンネル」「悉太トンネル」と呼ぶそうな。
トンネルの右手方向には 白く造成されたような土砂面が広がっていますね。
おそらく笹間トンネル掘削時に出たズリ(残土)かと思います。
そこから右に目を向けると、そのズリ置き場など比較にならないほどの土砂面が。
一体これは…?
木を伐採した後の山肌にしては のっぺりとしすぎているし…。
当サイトの予想としては、これもまたズリ出し場だろうと考えます。
それも、地名取水口と笹間渡発電所を結んだという水路トンネル掘削時のズリだろう、と。
資料によると、1〜5号に区分されて行われた隧道工事は
昭和3(1928)年11月16日(動画撮影日の約2年半前)までに全て完成したとされています。
大井川鐵道のトンネルよりも高い位置にあるし、おそらく このあたりから土砂を運び出したのではないかと。
そしてその大規模土砂面からニョキっと生えている道が見えますね。
鵜瀬山の山裾を巻くように登って行くこの道は、北側に隣接する地名地区へと通じる道のはずです。
ではこれが
『(旧)川根道』なのか?
いつもの古地図で確認してみましょう。

Click!
この地図から分かる事も非常に多くていつまでたっても終わりそうにないので、ピンポイントで見ていきます。
他の部分は、また改めて頑張りますのでね。
さてさて、上の切り抜き写真で確認した道はどれか?と言えば、これは間違いなく赤線のルートでしょう。
笹間渡を出た旅人は 笹間川を徒歩で渡ったようですね。
そして鵜瀬山の急傾斜面を巻くように登り、途中で笹間方面(桑ノ山)から来た道と合流し、地名方面へと向かったわけです。
では例の
『旧川根道踏切』の辺りがどうなっているのか 注目してみますが…。
…赤線ルートとは別ですね。
これは どう捉えたもんか。
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